旧軍戦史雑想ノート  海軍設営隊戦史

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第一三設営隊


【編成】
昭和17年5月15日付
佐世保海軍建築部

当初はニューカレドニア島進出予定だったが、出港直前にミッドウェー敗戦のため、ガダルカナル進入に変更。

【所属】
第八艦隊

【隊長】
岡村徳長  少佐

【技術科】
奥田貞樹  造機少佐
宮本芳英  技術大尉
角村正男  造機大尉
木村義雄  技師
濱田密太郎 技手
青木孝太郎 技手
新倉惣一  技手
橋口倉吾  技手

【軍医科】
野村    軍医大尉

【主計科】
千代豪一  主計大尉

【兵科】
安田    機関大尉
布施    少尉

昭和17年6月10日
佐世保出港。

昭和17年7月6日
第十三設営隊は、第十一設営隊とともに「吾妻丸」「吾妻山丸」「広徳丸」「松本丸」「明陽丸」等に便乗、1,221名がガダルカナル島に進出(ほかに十一設の1,350名)。
航空基地設営。

一部をツラギ島調査に派遣した。

昭和17年8月5日
長さ800メートル、幅60メートルの滑走路が概成し、零戦の進出可能を報じた。
十三設は、主に附属施設整備に従事じ、飛行場、陸上用電探2基、航空魚雷調整施設を完成させた。

昭和17年8月7日
米第1海兵師団約10,000名がガダルカナル島に上陸。

昭和17年8月8日
午後半ば頃、飛行場は米軍に占領された。
門前大佐指揮の第一一、一三設営隊の2,571名は、陸戦隊247名(8センチ高角砲4門、山砲2門、機銃若干のほかは小銃装備)と共に、米軍に対抗しつつジャングル地帯に後退した。

ツラギ派遣隊は米軍上陸により玉砕。

昭和17年9月1日以降
陸軍の指揮下に入り作戦行動。

昭和17年10月4日
海軍第十一、十三設営隊の工員約1,000名が、陸軍第二師団輜重隊長の指揮下に入った。

昭和17年11月上旬より
十一、十三設とも便船、潜水艦等で病者を後送(人数は不明)
十三設は駆逐艦にてラバウルにて引揚。

昭和17年11月20日付
【人員】(うち戦闘可能な者)
十一設 軍人 137 (7)名
    工員 160(15)名
十三設 軍人  60(21)名
    工員 453(23)名

昭和17年11月30日付
解隊

昭和18年2月1日
最終部隊がブーゲンビル経由ラバウルへ転進。
その後、内地帰還。

ガダルカナル島にて作戦中、35%(約400名以上)が戦没と記録されている。

ガダルカナル島に上陸した海軍部隊は、設営隊、陸戦隊を合わせて約3,400名程度と推定されるが、ガ島撤収作戦で収容された人員は848名だった。



【参考文献】
主要参考文献 を参照下さい。

筆者注:調査未完のため、今後、大幅に加筆・改訂を予定しております。

初稿  2006-01-14
第2稿 2006-08-06 一部加筆



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