旧軍戦史雑想ノート  航空戦史-陸軍編

   トップ > 航空戦史-陸軍編 > 陸軍飛行戦隊-飛行第四七戦隊〔独立飛行第四七中隊〕

飛行第四七戦隊〔独立飛行第四七中隊〕


【通称号】
天風第三四二一二

【飛行分科】
戦闘

【編成】
昭和17年5月30日

【編成地】
柏(千葉県)

【使用機種】
二式単座戦闘機「鍾馗」、四式戦闘機「疾風」

【最終所在地】
小月(山口県)

【戦隊長】
下山登令  中佐 (37期) 18年10月~19年10月
奥田 暢  少佐 (52期) 19年10月~敗戦

【飛行隊長】
溝上嘉幸  大尉 (53期) 19年3月~敗戦

【第一中隊「旭隊」】
貴島俊男  大尉 (50期) 18年10月~19年 3月
清水 淳  大尉 (54期) 19年7月~敗戦

【第二中隊「富士隊」】
真崎康郎  大尉 (54期) 18年10月~19年11月
大森敏秀  大尉 (54期) 19年11月~20年 7月

【第三中隊「桜隊」】
波多野貞一 大尉 (54期) 19年 1月~20年 7月

【整備隊長】
松本公男  大尉 (53期) 19年 1月~19年 9月
岡本作三  少佐 (53期) 19年 9月~敗戦

昭和16年11月
立川の航空審査部において、試作段階のキ‐44(二式単座戦闘機「鐘馗」)増加試作機9機をもって、同機の審査主任だった坂川敏雄少佐を隊長として臨時に編成された独立飛行四七中隊が前身。
南方軍直轄部隊に編入された。
隊名は赤穂四七義士のあやかって命名されたと言われている。俗称は「新撰組」または「かわせみ部隊」と称し、キ‐44の胴体には山鹿流陣太鼓マークが描かれていた。

【中隊長】
坂川敏雄  少佐
神保 進  大尉
黒江保彦  大尉
杉山俊治  中尉
光本悦二  准尉
高倉徳太郎 准尉
岡田直祐  准尉
伊藤高雄  曹長
田中 諭  曹長

昭和16年12月3日
坂川少佐以下9機は、整備員が搭乗した重爆2機とともに、立川を出発。
途中、沖縄付近で悪天候のため数機が不時着した。
8日は広東。
9日に仏印・サイゴンに到着し、整備と訓練を行う。
その後、タイ・バンコックへ前進。

昭和16年12月25日
「初陣」
ビルマ・ラングーン初爆撃から帰還する攻撃隊を、4機で収容するために出撃。

昭和16年12月27日
仏印・サイゴンへ帰還。

昭和17年1月5日
マレー半島のクアンタンに前進。

昭和17年1月12日
「シンガポール進攻」
第一二飛行団と協同でシンガポールへ進攻した。
  黒江保彦  大尉  *撃墜:ブリュスターF2A「バッファロー」戦闘機1機

昭和17年1月18日
「シンガポール進攻」
撃墜:1機

昭和17年1月20日
「クアンタン基地被爆」
在地機に被害を受ける。

昭和17年1月26日
「エンドウ上空戦」
2機が出撃。
撃墜:3機

昭和17年1月29日
「クアンタン基地被爆」
在地機が被爆、20日の分を併せて4機を失う。

昭和17年1月末
可動機:1機となり、九七式戦闘機3機が支給されたが、操縦者の半数が代機受領のため内地へ向かった。

昭和17年2月9日
第五飛行集団長の指揮下に入り、「ビルマ航空戦」に参加することになった。

昭和17年2月19日
3機でバンコックへ移動、モールメンに前進。

昭和17年2月25日
「ラングーン攻撃」
撃墜:2機
空戦時の過速のため2機が損傷、バンコックに送って修理した。

昭和17年2月26日
「ラングーン攻撃」

以後、第一二飛行団に編入。

昭和17年3月
ビルマ・レグ飛行場へ進出。

その後、トングー飛行場に前進、「マグエ進攻」等に参加。

昭和17年4月21日
大本営により内地へ帰還命令が出た。
保有機:2式単戦4機(補給機を含む) 

外戦中は、機数不足、故障機多発、行動半径の小さいこと(400キロ以下)により、予期されたほど活躍できなかった。
坂川少佐の総合所見として、降着装置の弱さを欠点としてあげ、着速を下げ、操縦性の改良を勧告したが、二式単戦のこの弱点は、最後まで完全には解消されなかった。

内地に帰還後、第一航空軍に編入され、調布飛行場に展開した。

昭和17年8~9月
柏飛行場に移駐。

その後、第一七飛行団に編入され、二式単戦12機により東京地区の防空任務についた。

昭和18年10月3日
独立飛行第四七中隊から飛行第四七戦隊に改編、成増(東京)に移駐し、帝都防衛任務につく。

昭和19年11月~20年2月
関東地区に来襲したB-29爆撃機に6名が体当りを敢行した。

昭和20年2月16日
「関東地区艦載機邀撃戦」
波多野貞一大尉指揮の桜隊/第三中隊の四式戦「疾風」が、千葉県八街上空にてグラマンF6F「ヘルキャット」戦闘機6機編隊と交戦。
一~二撃で全機を撃墜。

【編成】
四式戦闘機「疾風」
桜隊/第三中隊
 波多野貞一 大尉
 中原逸郎  中尉
 窪添竜温  少尉
 一楽節雄  少尉
 石原    少尉
 中島忠一  准尉  戦死
 有賀千秋  曹長
 中西春男  軍曹  戦死
 山崎    軍曹
 丸山    伍長

【戦果】
撃墜:グラマンF6F戦闘機6機

【被害】
不明

【戦死者】
中島忠一 准尉
中西春男 軍曹

【47FR戦果】
撃墜:F6F戦闘機16機 SB2C爆撃機2機

昭和20年5月
都城西(宮崎県)に移駐。
天号作戦に参戦。
特攻で3名、直掩で3名が戦死した。

昭和20年7月
小月に展開。
北九州防空任務



【参考文献】
主要参考文献 を参照下さい。

[筆者注:調査未完のため、今後、大幅に加筆・改訂を予定しております]

初稿  2005-04-24
第2稿 2005-08-02 独立飛行第四七中隊部分を加筆
第3稿 2005-11-03 一部加筆

コメントを読む››


copyright © 2011 旧軍戦史雑想ノート all rights reserved.
inserted by FC2 system