旧軍戦史雑想ノート  航空戦史-陸軍編

   トップ > 航空戦史-陸軍編 > 陸軍飛行戦隊-飛行第三三戦隊

飛行第三三戦隊


【通称】
高第九一四四

【飛行分科】
戦闘

【編成】
昭和13年8月1日

【編成地】
杏樹(満州・牡丹江北方)

【機種】
九四式戦闘機、九七式戦闘機、一式戦闘機「隼」、二式単座戦闘機「鍾馗」

【最終所在地】
昭和20年6月20日、スマトラ島北部メダンにて復帰。

【戦隊長】
青木正三  中佐
原田 潔  中佐
水谷 勉  少佐
渡辺 啓  少佐 〈武昌上空にて戦死〉
福地勇雄  少佐 〈フィリピン・ルソン島南部レガスピーにて戦死〉
山浦 浩  少佐 〈フィリピン・サマール島タクロバン上空にて戦死〉
生井 清  少佐
勝田悦夫  少佐

「ノモンハン事件」末期の航空戦に出撃。3回の空戦を行う。

昭和17年9月
広東に移駐。
「桂林攻撃」に参加。

昭和18年3月
武昌に移駐。
衡陽、桂林、零陵攻撃の掩護。

昭和18年6月6日
「梁山攻撃」
在地のカーチスP‐40戦闘機24機を炎上大破させる。

1年にわたる中国戦線における戦果
撃墜:約50機
喪失:操縦者約30名(戦隊長を含む)

昭和18年11月
ビルマ・マウビ(ラングーン北方)に展開。
インパール、チタゴン、昆明等の攻撃に参加。

昭和19年2月
ニューギニア・ホーランジアニ進出。

昭和19年2月~4月11日までのニューギニアにおける戦果
撃墜:42機(B‐24重爆/P‐38戦/P‐47戦)

米軍のホーランジア上陸前に操縦者の大部はフィリピンに後退した。

シンガポールにて戦力回復に入る。

昭和19年10月末
ルソン島クラーク基地に進出。
「タ号作戦」に参加、レイテへの輸送船団の掩護を行い、戦力の大半を喪失した。

その後、補充機(一式戦Ⅲ型)により、陸軍特別攻撃隊「万朶隊」や「高千穂空挺隊」の掩護に当たる。

昭和19年12月末
残存機を特攻隊に譲り渡し、スマトラ島メダンに後退。

昭和20年6月
メダンにて復帰。


*未完稿


【参考文献】
主要参考文献 を参照下さい。

[筆者注:調査未完のため、今後、大幅に加筆・改訂を予定しております]

初稿  2005-11-03



copyright © 2011 旧軍戦史雑想ノート all rights reserved.
inserted by FC2 system