旧軍戦史雑想ノート  航空戦史-陸軍編

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飛行第二七戦隊


【通称】
威第九一二三

【飛行分科】
軽爆

【編成】
昭和13年8月1日
〔昭和12年7月に飛行第五連隊にて編成された飛行第一大隊を改編〕

【編成地】
石家荘(河北省)

【機種】
九四式偵察機、九八式軽爆撃機、九九式襲撃機、二式複座襲撃機

【廃止】
昭和20年7月15日

【最終所在地】
所沢

【戦隊長】
須永栄之助 大佐
広田 豊  大佐
桜井 肇  大佐  (陸士30期/操13期)
黒田久文  中佐
田尻 清  少佐
高橋安夫  少佐
後藤清敏  少佐



第三飛行団に所属

昭和13年9月
「広東攻略作戦」参加


その後、満州の吉林省延吉に駐屯。


昭和16年1月
広東に移動。


昭和16年7月
南部仏印に進出。

昭和16年12月
コンポンクーナン(現ベトナム南部)に展開。


【所属】
第三飛行集団/菅原道大中将(陸士21期)
 第三飛行団/遠藤三郎少将(陸士26期)


『マレー作戦』参加

昭和16年12月22日
スリム台地に立てこもったインド第3軍団の陣地を爆撃。

クアラルンプール飛行場に進出。

パレンバンに進出。

『ジャワ作戦』参加

昭和17年3月6日
「バンドン攻撃」


【所属】
第五飛行師団・第七飛行団


『ビルマ戡定作戦』参加


昭和17年10月
延吉に帰還。


昭和18年10月
満州・チチハル付近の衙門屯に移動。


【所属】
第四航空軍・第二飛行師団・第十飛行団


昭和19年7月
フィリピン・ネグロス島サラビア基地に進出。

昭和19年9月12日
ネグロス島北部の陸軍航空基地群〔ファブリカ、マナプラ、サラビア、タンザ、シライ、タリサイ、パゴドロ〕は、米艦載機の攻撃を受け、壊滅的な被害を受ける。


昭和19年10月23日
第十飛行団は第十独立飛行団と改称された。

昭和19年11月
第三中隊長として、別所寛己大尉が飛行二〇八戦隊より着任。

昭和19年11月24日
「第二次レイテ航空総攻撃」
タクロバン飛行場を攻撃。

昭和19年12月12日
「陸軍特別攻撃隊/飛行第二七戦隊」
オルモック湾攻撃
【編成】
二式双発襲撃機2機
〔調査未完・詳細不明〕
【戦死者】
平出栄三  少尉  (特操1期)  *体当たり

昭和19年12月13日
「オルモック湾攻撃」
   3機出撃。
〔調査未完・詳細不明〕


昭和20年1月18日
「ミンドロ夜間攻撃」
サンホセの米軍施設を攻撃。


昭和20年2月
戦力回復のため内地に帰還、所沢に展開した。



*未完稿



【参考文献】
主要参考文献 を参照下さい。

筆者注:調査未完のため、今後、大幅に加筆・改訂を予定しております

2011-07-07 初稿


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