旧軍戦史雑想ノート  航空戦史-陸軍編

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第十飛行師団【天翔兵団】


[まだ、構想段階で調査未完のため、不十分な記事で読みがたい部分もありますが、逐次、加筆・改訂していく予定ですのでよろしくお願いします]

陸軍第一〇飛行師団【天翔兵団】

【編成】
昭和19年3月8(10)日

【編成地】
東京

【通称】
天翔

【師団長】
吉田喜八郎 少将 (陸士29期) 師団長心得 昭和19年3月28日~
近藤兼利  中将 (陸士26期)       昭和20年3月 1日~

【所属】
第一航空軍〔昭和19年3月〕
第六航空軍〔昭和19年12月〕
第一航空軍〔昭和20年4月〕

【師団編制】
師団司令部
 独立飛行第一七中隊(司偵)
 飛行第二八戦隊  (司偵)
 飛行第一八戦隊  (戦闘)
 飛行第二三戦隊  (戦闘)
 飛行第四七戦隊  (戦闘)
 飛行第五三戦隊  (戦闘)
 飛行第七〇戦隊  (戦闘)
 飛行第二四四戦隊 (戦闘)
第四〇航空地区司令部
第四六航空地区司令部
 第三飛行場大隊
 第六飛行場大隊
 第七飛行場大隊
 第四三飛行場大隊
 第六六飛行場大隊
 第七四飛行場大隊
 第一一二飛行場大隊
 第一四〇飛行場大隊
 第一四一飛行場大隊
 第一六四飛行場大隊
 第一六五飛行場大隊
 第一六六飛行場大隊
 第一六九飛行場大隊
 第一七〇飛行場大隊
 第一七五飛行場大隊
 第一七六飛行場大隊
 第一八七飛行場大隊
 第一八八飛行場大隊
 第二四四飛行場大隊
 第一対空無線隊
 第二対空無線隊

昭和19年11月1日現在、
隷下戦力:合計装備機200機、出動可能機約160機。
【調布飛行場】
 飛行第二四四戦隊     三式戦闘機「飛燕」
 独立飛行第一七中隊    百式司令部偵察機
【成増飛行場】
 飛行第四七戦隊      二式単座戦闘機「鍾馗」
【松戸飛行場】
 飛行第五三戦隊      二式複座戦闘機「屠龍」
【柏飛行場】
 飛行第一八戦隊      三式戦闘機「飛燕」
 飛行第七〇戦隊(残置隊) 二式単座戦闘機「鍾馗」
【太田飛行場】
 飛行第二三戦隊      一式戦闘機「隼」/
              二式単座戦闘機「鍾馗」11月2日印旛に移動。

同日現在
指揮下戦力:出撃可能数約50機。
東二号部隊(教育・練成を兼務、各地に五個隊)
常陸教導飛行師団
下志津教導飛行師団     百式司令部偵察機
審査部戦闘機隊       三式戦闘機「飛燕」/四式戦闘機「疾風」
第一練成飛行隊       四式戦闘機「疾風」

同日
「関東上空F-13偵察機迎撃」
1308過ぎ 東部軍司令部に「敵機、勝浦から侵入」と報告があり、直ちに警戒警報を
     発令。
     第一〇飛行師団長は隷下部隊に対し、即時発進準備の警戒戦備甲を発令した。
     F-13偵察機が侵入。
     当直戦隊の飛行第四七戦隊の二式単戦が成増より、独立飛行第一七中隊の武装
     司偵が調布より発進。
     四七戦隊の第一中隊(旭隊)の数機が、三鷹上空高度10,000メートル
     にて前上方よりかろうじて一撃をかけただけだった。
     独飛一七中隊の司偵(中隊長:北川禎佑大尉機)が、計器高度11,400
     メートルまで上昇したが、F-13偵察機は更に上昇し12,000メートル
     以上の高度にて太平洋上へ離脱した。
47FR 松崎中尉 *命中弾を与えたが、乗機も被弾した。

昭和19年11月5日
「関東上空F-13偵察機迎撃」
迎撃するも捕捉できず。

昭和19年11月7日
「関東上空F-13偵察機迎撃」
迎撃するも捕捉できず。

同日
第一〇飛行師団長は、隷下各戦隊に空対空の特別攻撃隊の編成を命じた。

昭和19年11月24日
「関東地区B-29爆撃機迎撃」
1100過ぎ 一〇飛師司令部は隷下各隊に警戒戦備甲を下令。
1110   当直戦隊の17FSCと70FRが発進。
1130   各戦隊は全力出撃に移行。
1200   空襲警報発令。
     下志津教導飛行師団、独飛一七中隊の百式司偵と武装司偵は勝浦から御前崎
     の前進警戒線上空。
     二三、四七、五三、七〇、二四四戦隊、東二号部隊(常陸教導飛行師団、
     審査部戦闘機隊、第一練成飛行隊)を伊豆半島より東京まで展開の昼間基本
     配置を取る。
     各隊の高度は10,000メートル、特別攻撃隊は11,000メートル
     にて待機した。
     B‐29爆撃機編隊は、10数機の悌団間を広い間隔をとりながら、伊豆半島
     を北上し富士山上空で変針、高度8,200~10,000メートルで、三鷹
     の中島飛行機・武蔵野製作所に向かった。
     強い偏西風に乗って侵入してくるB‐29編隊は、対地速度が実に720キロ
     の高速となり、待機する迎撃戦闘機は、時速220キロの強いジェットストリ
     ームに正対することとなり、迎撃は困難を極めた。
1210   独飛一七中隊の百式司偵が高度10,000メートル以上にて侵入する
     B-29の1悌団を発見したが、高度を取る事ができず「タ」弾による攻撃は
     不可能であった。
四七戦隊 :全力で出撃。撃墜:2機(うち体当たり撃墜1機)、撃破:3機
五三戦隊 :可動全機が出撃。撃墜:1機
七〇戦隊 :全力で出撃。戦果:不明
二四四戦隊:全力で出撃。撃墜:1機
{米第21爆撃兵団・第73爆撃航空団のサイパン出撃:B-29爆撃機111機(引き返し17機、第一目標〈中島飛行機武蔵野製作所〉に投弾24機、その他目標に投弾64機、故障で投弾不能6機)}
【編成】[筆者注:調査未刊、詳細不明]
武装司偵 操縦  伊勢主邦 中尉 17FCS 未帰還 戦死
                       *撃墜:B-29爆撃機1機
     同乗  福田   兵長       戦死

特別攻撃隊
 二式単戦「鐘馗」見田義雄 伍長 47FR  自爆 戦死
                       *撃墜:B-29爆撃機1機
                        (体当り)
 二式複戦「屠龍」青木哲朗 少尉 53FR
         今井五郎 軍曹 53FR
         入山 稔 伍長 53FR  自爆 戦死
                       B-29の防御砲火により被弾
         大崎樹満 伍長 53FR

【戦果】
撃墜:B-29爆撃機5機
撃破:B-29爆撃機9機
《米軍記録》
損失:2機(体当り1/被弾・不時着水1)
損傷:11機(被弾)
【被害】
未帰還:6機
【戦死者】
伊勢主邦中尉 (航士55期) 17FCS  *八丈島沖
福田成弥兵長 (期不明)   17FCS  *八丈島沖
見田義雄伍長 (少飛12期) 47FR   *銚子沖
福元幸夫伍長 (少飛12期) 244FR  *房総沖
金子光雄伍長 (少飛12期) 70FR   *千葉
入山 稔伍長 (少飛13期) 53FR   *市川上空
 ほか?名
【地上被害】
武蔵野製作所:投下爆弾48発 死傷者:130名以上

この迎撃戦の後、吉田師団長は隷下戦隊に対し、体当たり部隊を各戦隊4機から8機に増やすよう命じた。
また、西部軍管区の第一二飛行師団でも体当たり部隊が編成された。
昭和19年11月29~30日
「関東地区夜間B-29爆撃機迎撃」
八丈島のレーダー情報が入る。
2300 警戒戦備甲に移行。
夜間任務の無い、独飛一七中隊以外は夜間迎撃に発進。
当夜は悪天候のため、高度7,000メートル付近には厚い雲がはりつめ、雲上を飛行するB‐29爆撃機に対して照空灯も届かず、地上砲火も戦闘機による迎撃も有効ではなかった。
マリアナ出撃の米第21爆撃兵団のB‐29爆撃機29機は、東京の工業地帯と湾岸のドックを目標にレーダー爆撃を行う。しかし、爆弾は目標を逸れ、市街地に着弾、9000戸が被害を受けた。

昭和19年12月5日
防衛総司令官により、体当たり部隊に対し、第一〇飛行師団は「震天隊」、第一二飛行師団では「回天隊」と命名された。

昭和20年2月16日
「関東地区艦載機邀撃戦」
【総合戦果】
撃墜:62機
撃破:27機
【総合被害】
自爆・未帰還:37機

昭和20年2月17日
「関東地区艦載機邀撃戦」
【総合戦果】
撃墜:36機
【総合被害】
損失:16機



【参考文献・資料】
主要参考文献 を参照下さい。

初稿  2005-07-08
第2稿 2005-08-17  一部加筆
第3稿 2005-09-06  一部加筆
第4稿 2006-03-11  一部加筆

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