旧軍戦史雑想ノート  航空戦史-陸軍編

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陸軍の戦闘機パイロットについて


戦後の日本では、海軍の戦闘機パイロットに比べ、陸軍の戦闘機パイロットは地味な印象があります。
ともに太平洋やアジア全域で戦ったのに、書籍や資料の数では、やはり海軍が主で陸軍が従のような気がします。
特に商業出版の場合に、その印象が強いのは、海軍が全期間をほとんど零戦のみで戦ったのに対し(「紫電」「雷電」「月光」等があったにせよ、主力とは言えないと思います)、陸軍では一式戦、二式単戦、三式戦、四式戦とその主要戦闘機が変遷したため、焦点が分散してしまったためとも考えられます。
興味の対象が分散してしまえば、その印象もまた同様になるのでしょうか。
しかし、勝利を目指し死力を尽くし戦い、刀折れ矢尽きたことは陸海軍ともに同様です。
組織が海軍に劣っていたとも思いません。
編隊空戦を取り入れたのは海軍より早かったですし、主力戦闘機の転換もスムーズに行っています。
そして、何より下士官兵から士官になるのは、海軍より陸軍の方が積極的だったようです。これは、非常に重要なことで、経験を積んだ熟練者が指揮官になる事ができるということです。その点、海軍の場合は保守的で、下士官兵より士官になれても特務士官と呼称され、指揮権は付与されませんでした。
つまり、特務大尉は兵学校や予備学生出身の士官の指揮を受けなければならなかったわけです(たとえ、それが中尉であってもです)。
しかし、戦争が激化して中堅士官が大量に喪失するようになると、空中指揮官の不足が表面化し、後に変わりましたが。
また、海軍では飛行長(少佐)クラスではもう飛ばなくなりますが、陸軍の場合は戦隊長(少佐)飛行団長(中佐)クラスでも積極的に最前線に出て、空中戦を行います。
ある意味で、空中に上がった場合、陸軍の戦隊の方がバランスは揃っていたのではないでしょうか?
まあ、いちがいには言えないですが・・・
坂井三郎中尉や武藤金義少尉のように、大向こうを唸らせる神業のような空中戦を行ったパイロットは陸軍にもいます。
田形竹尾准尉の台湾上空の戦いは、筆者は陸海軍を通じて特筆されるべき空中戦だったと思います。
そして、それが教育飛行隊の教官によってなされたということが、陸軍の操縦者の層の厚さを物語りるのではないでしょうか。
しかし、いずれも一兵卒からのたたき上げのパイロットなのですが、今も昔も、本当の実力というものには、学歴なんかさほど重要では無いって事なのでしょうね。
優秀な人間が、その力を自在に発揮できるような、自由な開かれた組織にならなければいけませんね。
そう考えると、今の日本の状況はまだまだ60年前や、もっとそれ以前とさほど変わっていないのでは、と思います。

この項は続きます。




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