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特設砲艦「第二号新興丸」


【特設軍艦】
特設砲艦「第二号新興丸」
関西汽船(未確認)[*備考を参照下さい]

【入籍】
昭和16年9月20日付 特設砲艦籍
(機雷敷設に従事する特設砲艦として)

【総トン数】

【兵装】
12センチ砲4門
25ミリ機銃
機雷搭載量120個

昭和17年11月25日付
千島特別根拠地隊配属となり以後、北方海域で行動。

昭和20年6月27日
敷設艦「常磐」「新井埼」「石崎」、特設敷設艦「高栄丸」、特設砲艦「第二号新興丸」の5隻で宗谷海峡に、九三式繋留触発機雷を敷設。
北海道の北端、納沙布灯台の北東1万メートルから5~600メートルの長さで2本敷設。

昭和20年6月30日
樺太の南端から南西16,000メートルより南へ5~400メートルの長さで2本敷設した。

*敗戦後のソ連軍による明白な国際法違反による攻撃
昭和20年8月22日
朝 樺太・大泊より引きあげのため、在留邦人3,600人を乗せ小樽に向け航行中、
  留萌沖で浮上した潜水艦より雷撃を受け、右舷二番船倉に魚雷が命中。縦5メート
  ル、横12メートルの破孔が空いた。甲板上より右舷側の海に女・子供が多数落ち
  て流された為、爆雷を投下できなかった。
  ソ連海軍太平洋艦隊の潜水艦L12、19の2隻による攻撃である。
  やがて、白旗を掲げた「第二新興丸」に対し、2隻の潜水艦は砲撃をしてきたため、
  12センチ砲と25ミリ機銃で反撃。命中弾1発を与える。
  その後、大湊空の九四式三座水上偵察機が飛来したが、攻撃は行わなかった。
  「第二号新興丸」は損傷多数で、留萌に入港。
  船内にて死者290人うち161名は女性だった。

《米軍記録(ソ連潜水艦に関する記録)》
喪失:ソ連潜水艦「L19」(8月23日、宗谷海峡にて機雷により沈没〈上記機雷原にて触雷したものと推定〉。乗員は全員戦死)

この記録は、正式には日本海軍による敵潜水艦攻撃に関して記録には載っていない。敗戦後のことであり、戦後長い期間この事実は判明していなかったためである。

*「第二新興丸」は1966年2月まで、日本で働き、その後、パナマに売却され「ゴールデン・バッファロー」と改名された。

特設敷設艦「高栄丸」 に関しては、該当稿を参照下さい。



【備考】
特設艦船となった商船の「新興丸」は3隻あり、
1.特設敷設艦「新興丸」
2.特設砲艦「第一号新興丸」
3.特設砲艦(機雷敷設に従事する特設砲艦)「第二号新興丸」
です。
1は新興商船の船で昭和18年以降に橋本汽船に移籍したようですが詳細は存じません。
2は丸井汽船の船で昭和18年以降に図南汽船に移籍したようですが詳細は存じません。入籍は昭和13年ですが昭和16年10月15日に「第一号新興丸」と改名されました。
3は大阪商船の船で昭和14年に東亞海運に移籍しました。最初に書かれてあったように関西汽船に再度移籍したかどうかは存じませんが、すくなくとも昭和18年の日本船名録(昭和17年末現在)までは東亞海運所属になっております。

(追加)雑誌「船の科学」の「日本商船隊の懐古」No.210に山田早苗先生の記事がありました。それによると「昭和23年10月10日、東亜海運が閉鎖機関となったため関西汽船に移籍。昭和35年12月、佐野安商事に売却、第2金丸と改名。昭和40年新興汽船に売却。昭和41年パナマに売却」とのこと。

以上、重箱隅突付桝さまの情報より



【参考文献】
主要参考文献 を参照下さい。

調査未完のため、今後大幅に加筆・改訂を予定しております。

初稿  2005-07-17
第2稿 2005-10-02 一部訂正・加筆
第3稿 2005-10-04 一部加筆

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