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付録「日本商船隊」戦史雑想ノート


大平洋戦争では、戦時海運管理令等により、戦争遂行のため陸海軍のよる民間の商船の徴用が認められていた。
戦時中に商船だけで約2,500隻、船員約3万人が戦没した。木造の機帆船や漁船も加えると、7,000隻以上、約6万人が犠牲となったといわれている。
潜水艦や艦艇の攻撃により極度の船舶不足に陥いり、船種ごとの統一規格を決めた「戦時標準船」の新造が進められたが、物資不足で脆弱な船も多かった。
当ブログの『付録「日本商船隊」戦史雑想ノート』は、それらの徴用商船が挙げた戦果についての記録である。
不完全な記録ではあるが、読者各位には過去にこういう事もあったのだと伝え、何かを感じ取って貰いたいのが筆者の願いである。



【戦歴】
輸送船:「北光丸」/「三興丸」/「伏見丸」
昭和17年10月21日
ラバウルの陸軍第一七軍を補強するため、仏印より独立混成第二一旅団を派遣するため、輸送船団〔「ぼすとん丸」「北光丸」(5,346総トン/山下汽船)「三興丸」(4,960総トン/山本汽船)「伏見丸」(4,935総トン/内外汽船)〕がサイゴンを出港。グアム島を経由してラバウルに向かった。

昭和17年11月16日
一番大型の「ぼすとん丸」が、パラオ諸島付近にて米潜水艦「シール」により撃沈された。
他の3隻はただちに逆襲に転じ、深度18メートルにて魚雷を発射した「シール」に対して船体上部に体当たりした。〔船名は特定出来ない〕
《米軍記録》
損傷:潜水艦「シール」(潜望鏡2本とSDレーダーが使用不能となったため、戦闘行動を中止して、オーストラリア・フリーマントル基地に帰投した)
*「シール」は戦時中、日本商船7隻を撃沈した。


【戦歴】
輸送船(戦標船2A型):「向日丸」(約6,800総トン/大同海運)

昭和20年8月9日
「羅津港内夜間対空戦闘」
「向日丸」は来襲したソ連軍雷爆撃機と対空戦闘を行う。
戦果:撃墜・1機

昭和20年8月10日
「朝鮮沿岸対空戦闘」
「向日丸」は最後の1船として、羅津港を出港。南下し雷撃機による攻撃をかわしつつ対空戦闘中、羅津よりの脱出輸送船の護衛の為、北上してきた第八二号海防艦と合同する。
舞水端南西約7浬地点で、第八二号海防艦はソ連軍雷撃機18機の攻撃を受け、うち3機を撃墜したが魚雷1本が命中、沈没。
「向日丸」は第2波の雷撃機18機と交戦しつつ、海防艦乗員の救助にあたる。
戦果:撃墜・雷撃機2機
〔筆者注:「向日丸」と第八二号海防艦の勇戦力闘に関しては、当ブログ・ブックマーク欄にリンクされている 『硝煙の海』の作成者:菊池金雄氏の稿 を参照して下さい〕


以下、続きます。



【参考文献】
主要参考文献 を参照下さい。

初稿  2005-07-09
第2稿 2006-01-15 「向日丸」の稿を追加
第3稿 2006-01-16 一部修正

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